仕組みは謎です

現代の怪奇ですな……

芦山文學「人間たちの幻想郷」感想

今秋、京都合同に行ってきました。 ぼくは貯金がOh〜〜〜No〜〜〜〜って感じだったので、安く済む夜行バスを使ったんですが、あれは厳しいですね。揺れで寝られないし、身動きが全然取れないので足や尻がパンパンになる。 京都についたら身体中カチカチだったので、伸びをしたら開放感で目の前が真っ白になって死ぬかと思った。人はあまり大きな開放感を得ると死にます。教訓です。

さて、今回は戦利品である「大芦山文學紀要」(芦山文學 / 芦山)に収録されている、「人間たちの幻想郷」のレビューをしたいと思います。

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「大芦山文學紀要」(芦山文學, 芦山)

ネタバレが嫌いな方はお気をつけください。

物語は、霊夢に負けた魔理沙が、強くなれるアイテムを手に入れるべく、霖之助から課せられた「不思議な材料を戦って集める」という修業をするというものです。

作中、「アイテム」として出てくるヤクモノがいいですね。強くなれるアイテム「ビスコ」や、楽しく死ねるアイテム「水煙草」のことです。チョイスがもう面白いです。これがうまくキャラクターを動かしている。ビスコがつよくなるアイテムだと本当に思って、水煙草に使う素材を集めさせられる魔理沙とても可愛くないですか?ひたむきな努力と、結局ビスコがお菓子だとわかったときの落胆具合に、したたかさと幼さが現れていて、自分が持っている「魔理沙ってこういういいところあるよな〜〜」みたいな印象がズバリ表現されていて神〜〜〜って感じでした。キャラクターがヤクモノに触れることで、そのキャラクターの人物像が浮かんできます。そういう意味で、ヤクモノはいわば反響板のような役割を担っているのです。

この作品は、人格を抉り出す反響板をヤクモノ以外にもちりばめています。登場人物です。全員が主張を持ち、対話の中で対比させること自体はよくある話だと思います。ただ、魔理沙という人格は、あどけない行動、会話、努力に対する姿勢の述懐といった、彼女自身・彼女中心で表現されるだけではありません。普段から魔理沙をよく知っている霖之助や、霊夢の中の魔理沙など、虚像の魔理沙という間接的な表現も含めて、総体として魔理沙という人格になっているのです。ある人間の心情が、本人が説明できないほどに複雑怪奇だ、なんていうことは往々にしてあります。そういう人物像が一言で説明できないというリアリティが、登場人物はこちらへ手を一切伸ばしていないのに、こちらへ訴えかけてきて、それがクライマックスでの高次の心境への到達に一役買っている感じがあります。

ストーリーラインも面白いですね。はじめにも言いましたが、ひとまずはよくある成長物語としてプロットが切ってあります。 ただ、戦うとか努力とかは魔理沙の生き様の重要なファクターのひとつであって、それ以上ではないのです。霖之助魔理沙の身を案じている。霊夢魔理沙と勝負し続ける。他のキャラクターも各々が各々の信条を携えていて、それらの発露を積み重ね、成長物語をも各人の発露の土俵に取り込んで、物語の肉付けとしています。 じゃあ結局何が言いたかったのか?といえば、「幻想郷の人間たち」がどんなもんか、彼らの「幻想郷」という不思議空間への寄与がなんぞや、ということではないでしょうか。「人間たちの幻想郷」、なるほど~~~という感じです。 再読してみると最初から生き様の話だったように感じられるのですが、初見での、成長物語だったと思ったら違う!という感覚が面白いですね。記憶をなくして読み直したい。

そういうわけで、成長物語が収束しても、少し彼女らの話が続く、一見すると、不時着っぽい終幕になっています。同サークル「明治XX年代の想像力」も似たような感じ……というよりも、拝見する限り全体的にという感じですね。これが不時着かというとそうではなくて、これが正しい終わり方のような気がします。神林長平「七胴落とし」、伊藤計劃虐殺器官」なんかもそうですが、読み手が高次の心境に到達した所で終わる作品のようです。 何かを得るわけではない。努力に挫折はつきものだ。どこかわかっていた答え、諦観じみた幕引き。でも、世の中ってそんなもんじゃないですか? こうした終わり方の是非について詳しくないので、あいまいなことしか言えないのですが、少なくともいえるのは、「よかった」ということですね。読後も数瞬余韻を残してくる。作者が小説やプロットの打ち方に精通しているのかもしれませんが、ここは技ありではないかなと。

物語を通して好きなポイントは、物語に大きく寄与している霊夢霖之助も魅力的ですが、魔理沙のストイックな姿勢が一番ですね。 失敗や挫折はつらいが、強くなるために受け入れなければならないと覚悟した上で、弱い自分を自覚し破壊し変えていく。努力家であり、主人公らしい主人公ですよね。

魔理沙の父との対比も面白いです。 父は、霧雨店を盛り上げ、名士にまでのし上がった成功者ですが、実は挫折や苦しみを抱き、水煙草を頼ったのだ、という設定です。 才覚こそない魔理沙も、向上心という点では父と似ているのかもしれませんが、万策尽きたとしても他人を頼み、改革を続ける。とても強い子として描かれています。 ただ、父がそれで弱いのかと言うとそうではなくて、成功者故に、苦しい時に支えてくれるのが彼一人だったからではないでしょうか。 彼は彼の問題を打ち明ける先がなくとも、水煙草を支えに、孤軍奮闘を続けていた。 彼と彼女の間には似ているけれどもこうした隔絶があるんじゃないかなと。

強くなるべく、たとえ才能がなくても食らいつくという姿勢は、並大抵の精神力では支えられないはずです。 才能については諦める。弱い理由も考え、直していく。 そういうことで、やっぱり魔理沙がナンバーワンなので、金髪の子をかわいそうにするのが好きな人たちは悔い改めてくれ。

あと、あまり関係ないのですが、

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水煙草を吸った霊夢ちゃん
ここの霊夢ちゃん大変かわいい。なーにポニテぴよーんとしちゃってるんだ。反則だぞ。

というわけで、芦山文學「人間たちの幻想郷」の感想でした。